立ち往生

基本的にネタバレに配慮していないのでご注意ください。

2.5次元初心者が、初めて刀ミュを観劇した話

先月、「ミュージカル刀剣乱舞~幕末天狼傅~」を見に行ってきました。行ってしまいました。というわけで、今日は2.5次元ド素人・初めての観劇感想です。先に1部観劇後の感想を一言でまとめると

「もう、むり(号泣)」

でした(←立ち上がれんかった)。

musical-toukenranbu.jp

 

歴史は、あがいた人間たちの物語

歴史を生きた偉人たちも、きっとわたしたちと同じように泣いたり笑ったり、悩んだり間違ったりしたんだろうと思う。「幕末天狼傅」は、自分らしくあろうともがく、人間の人間臭さみたいなものへの眼差しが、あたたかくて優しい物語だった。

 

現代に生きるわたしたちは、新撰組も、刀そのものも時代に選ばれなかったことを知っている。けれど当のわたしたちだって、自分で選び取れることはほんの僅かだ。与えられた環境の中で必死に足掻いていくしかない。だからこそ、選びたいものは選び取らなくてはいけないこと。そうして自分の人生を変えていけるのは自分だということ。

戦う刀としては選ばれなかった蜂須賀が、近侍に選ばれたことで、安定を行かせることを選び、長曽根さんの代わりに歴史を収束させることを選び、長曽根さんを認めることを選んでいく。迷いながらも道を自分で選び取っていく。

 

長曽根さんも蜂須賀も、抱えた葛藤をきれいに解消はしないまま物語は終わる。一段だけ昇華した執着や羨望を、向き合ったり認めたりしながら、彼らはこれからも逡巡するのだろうと思う。そうして歩んでいくのだろう。忘れられぬ人を思い出し、返らない日々を願うことに意味がないとしても、生きていける。生きていかねばならない。それこそが歴史そのものなんだなあ。

今はもういない主の歴史を、物語として継いでいく。それが刀剣男士たちの使命でもあるなら、なんて残酷なことだろう。主のいた日々を恋しく思いつつ、その歴史をひたすら守っていかねばならない。死に様ですら、忘れることなど許されないのだ。強くなくては生きていけない。だからこそ悲しい。兼さんの言葉が染みる。

 

兼さんの「国広」と国広の「兼さん」について

タイトルの意味がわからんだろうがこれ以上のタイトルが思いつかない。とにかく兼さんの「はぁ?」がよかった。土方さんの「はぁ?」の言い方とよく似ていて素晴らしかった。近藤さんとの今生の別れの時でさえ「またな」と去る土方さんの矜持。「駆け抜けろ」と命じられたそのままに、時代を駆け抜けた男のそばに、あの2人はいたんだなあ。

土方さんの魂と、振るった刀にこめた生き様そのものが、こうして2人に受け継がれていく。2人が共に語り継いでいく。

それにしても「行くぞ、国広」の、「国広」の呼び方なあ。ハアアア。国広が本物でも偽物でも、兼さんにはきっと何も関係ない。黙って同じ方向を見つめる、唯一無二の相棒であることに変わりはない。何度か登場する「行くぞ、国広」の呼びかけは、「振り返らずとも付いて来ていることがわかっている」感が凄い。国広。このたった一言に漂う深い感情はなんだ。なんなんだ。何事だ!?! \であえであえ/

 

そしてあんなに可愛いのに、一番血の気が多いのを隠さない国広が最高だった。言い足りないから言うけど、最高だった。

「本人たちの問題だ」と虎徹組を突き放した兼さんが、実は世話を焼いているのを見つけた国広の「ふふっ♡へへ♡か~ねさん♡」が可愛すぎてもうほんといい加減にしてほしい。

 

ちなみに初心者のわたしは、ドラマ版弱虫ペダルで小越さんを初めて見たので、幕が上がるまで「モサモサ坂道くんのイメージが抜けないなあ…本当にあの人が堀川国広を…?」と、闇討ち暗殺されかねない発言をしていた。

その後「こんな美少女が男の子だって嘘だろ? ほんとに? 嘘だって言いなさいよ今なら怒らないから」→(殺陣が始まる)「あっっ 圧倒的に脇差…足技最高かな…男の子や~…あーもう男とか女とかどうでもいい概念だな、この方は『1.男 2.女 3.小越さん』という人類の新しい区分けなんだな…」→(兼さ~ん♡祭り)「qうぇdfgbんkjh(泡を吹く)」

 

まるで空中に溶けていくような歌声の伸び、耳にすうっと入り込んでくる歌詞とセリフ、キレッキレとしか表現できない動き。こんな方が俳優という仕事を選んでくれたおかげで、わたしはこうして「はいっ、兼さん♡」なんて微笑む堀川国広大天使が見られるわけで、小越さんの職業選びに、ひたすらありがとうございますとひれ伏すしかない。ありがとう世界。ありがとう小越国広さん。生きててよかった。

 

語らないことで語るということ

さて、わたしが初めて刀ミュの加州清光を見たのは「阿津賀志山異聞」の配信映像だった。プライドが高いくせに不安がりで男らしくて可愛くて、瞳の引力が凄くて、佐藤さんにファンの方が多いのもよくわかると思った。

けれど、日野で安定が無邪気に発した「もう少しだけ」に、微笑むだけで背を向けた清光を見て、わたしは気づいた。この人の凄さを、多分わたしはなんにもわかっていない。

 

清光は、言葉を発していない時の輝きが凄まじい。

安定の「新撰組に入隊する」発言に皆が驚く中、一人「ああ、やっぱり…」と言いたげに顔を覆う。蜂須賀が安定に許可を与えた時も、同じく皆が声をなくす中、一人だけ、目をギラギラさせて微笑んでいる。

 

安定を行かせてやりたい。もちろん最悪の事態は起こらないと信じている。けれど、人の身と心を持ってしまった自分たちには「もしかしたら」が起こりうることもよくわかる。「もしかしたら」を願ってしまうほど辛い記憶。だからこそ行かせたくない。

沖田くんが着ることのなかった洋装に身を包む清光が、無心であろうと剣を振るうさまは、翻る裾が本当に美しくて、優しくて、悲しかった。止めることより、見守ることのほうがどれほど難しいか。安定に、そして沖田くんに言いたいたくさんの言葉を、きっと清光は言わない(「選ばれぬ」ことを選べないだけでなく、「選ばれる」ことを選べない、という歌詞の凄まじさよ)。

言葉を発さないことでこれほど雄弁に語れるなんて、わたしは今まで知らなかった*1

 

一方の安定は、沖田くんとの手合わせも楽しくて楽しくて笑みがこぼれてしまうくらい素直で、まるで幼い子どものように歴史をなぞっていく*2

手を伸ばせば触れられる距離で、大好きな人の死を見届けなければならない辛さは想像を絶する。けれど、生きて死んだ歴史があるからこそ今がある、その誇り高さも勇気もすべて、沖田くんの生と死から繋がっているもの。だから「自分の身を守ろうという気がまったくない」刀で、安定は沖田くんを守る。

 

駆けつけた清光が、山のようにあるはずの言葉を全部飲みこんで「気はすんだか?」とたった一言だけ問いかけるから、安定が素直に、けれど確実に無垢なままではない瞳で「うん!」と返すから、見ていてなんにも考えられなくなった。同じまっすぐさなのに、最初とは明らかに違う安定の目。これが役者さんというものか。鳥越さんの力にただ圧倒される。

鏡合わせのように刀を振るう2人が、何にも言わなくても気持ちを通わせていることがわかるから、わたしは涙と鼻水を垂らして見守るしかなかった。強烈な煌めきの前にオタクは無力だ。ライビュで十分だと満足していた過去のわたしに頭突きしたい。この舞台の迫力はどうだ、刀剣男士たちがすぐそこに生きている。最後列の客席までが舞台なんだ。これが舞台か(語彙…)。

 

あと時間遡行軍があまりにも時間遡行軍で最高だった。赤い目が光るとウワアアアアとなったし、ボスが出てくるとヒィィイィとなった。刀種に合わせて動きが細かく違うのも素晴らしかったし、2部の最後は一緒に踊ってくれたからなんだか歴史改変とか考えずに仲良くなれそうな気がした。

 

体から水分が抜けた

初めての生観劇は、刀がキラキラと瞬いて息つく間もない殺陣と、客席をまるごと飲み込んで押して参る圧力にガツンガツン殴られ、抜け殻となって終わった。観劇後は、体中の水分を涙としてアイアシアターに排出してしまったので、文字通りカラッカラの干物になった*3

幸運にも2回見ることができたのだけど、細やかな演技が違ったり、こっちの視点も変わったり、飽きるどころか新しいものをたくさん見つけた。同じ舞台を何度も見る方の気持ちが、初心者ながら少しだけわかり、どうして今すぐに受け取れるDVDが手元にないのだろう、どうして明日は3月じゃないのだろう御用改である(もう何が起こっているのかよくわかってない)、と思いながら劇場を出た。

 

本当に素晴らしい舞台だった。たったいま、大きな歴史の流れの、ほんの小さな点として存在する自分が誇らしくなるような、そんな時間だった。生まれて初めて生で見た2.5次元舞台が、この演目でよかった。本当にありがとうございました。

 

ここで一句「エンドレス 再生したいな DVD」


【イベント・動画】ミュージカル『刀剣乱舞』~幕末天狼傳~ ゲネプロの様子を動画で紹介!

*1:厳島公演で、背中合わせのまま安定は足元を・清光は空を見つめるシーンを百万回リピートしたいので早くDVDをください…。この背格好の似方…奇跡かな…

*2:この手合わせでの打ち合いを、最後に清光と、そっくり写し取るように繰り広げるので、もうため息すら出ないくらい泣いた。

*3:ホテルに戻って、一晩でいろはす2リットル飲んだ