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立ち往生

基本的にネタバレに配慮していないのでご注意ください。

2.5次元ガチ初心者が舞台「刀剣乱舞」ライブビューイングに行った話

大変なことになった。

この2.5次元全盛の現在においてなお「3次元で2次元が表現できるわけない」とか舐め腐っていた昨日までの自分がちゃんちゃらおかしい。大変なことになった。世界が変えられてしまった。

数日経ったにも関わらず「すごかった」「どうしよう」botと化しているんだけど、人間に戻りたいのでぽつぽつと言葉で記録していきたいと思う。今日は、2.5次元ガチ初心者がお届けする、舞台「刀剣乱舞」ライブビューイングの話です。こんな長いの読む人いるのかな。長いですよ。お覚悟。

 

刀剣男士だった

すごく刀剣男士だった。ようやく言えた感想がそれかよ、と自分でも絶望する。でも言いたい。燃えて語彙力が一部ないけど言いたい。どこから見ても刀剣男士だった。ゲーム内で愛でていた、彼らの中に流れる物語を想像していた、あのキャラが、実際に息をして喋って、悩んで怒って戸惑って笑って泣いて、そして剣を振るっているなんて。今この時は現実かな?と何度も何度も思った。

ちなみに、夢を見ているような浮遊感があったせいで、開始前に隣の人がすごい勢いでチュロスを食べていたことをめっちゃ覚えている。「ディズニーランド以外でチュロス食べる人いるんだ」と必死に考えたことも覚えている。この日の思い出はいつもチュロスと一緒に蘇る気がする。

 

殺陣

確実に急所しか狙っていない小夜の機動性高い殺陣、あれだけ戦いを忌み嫌っているのに、ひとつ刀を振るうだけで絶望的なほどの強さを発揮してしまう江雪の悲しい殺陣。鶴丸はまるで遊ぶみたいに、鯰尾は軽い体と刀がぴったり寄り添うように、ひとりひとりみんな違う殺陣をこれでもかと見せてくれた。

同じ太刀でも、いち兄は感情がほとんどないように、燭台切は踊っているように見えるほど楽しげに刀を振るっていた。戦場は刀剣男士たちが一番輝く場所だから、戦い方で自己紹介をする構成は本当に素晴らしかった。

 

不動行光の慟哭

主をいつか失う運命にある刀剣男士にとって、主の命を永らえさせるということは、抗いがたい欲求なのだなとしみじみ感じた。信長を生かそうとして止められ「そんなにいけないことかよ!?」と食って掛かる不動の問いに、最初は誰も答えられないのは、みな一度はその欲求が脳裏をよぎったことがあるからなんだろう。

 

長谷部があれほど不動を邪険にするのも、「自分が疑問を殺して任務に殉じているものを、なぜ再び波風を立てるのだ」と苛立つからなのではと考えると腑に落ちる。達観することもできず、ただ心の声を飲み込むしかない長谷部がいじらしい。

 それに、不動の頭にあるのは「歴史を変える」ということではない。守りきれなかった主を今度こそ守りたい、といういじましい思いただひとつで、それだけが唯一やってはいけないことなのだ。不動が自分をダメ刀だと貶めるたびに、未だに心の傷が全く塞がっていないのだと思い知らされる。

 

刀ミュで義経を生き延びさせようとした今剣は、変わり果てた義経を見て「あなたはもう義経じゃない」と殺すことを選ぶけれど、刀ステの不動は違った。「殺せ」とまで言った光秀に対して何度も振り上げた刀を、結局は下ろせなかった。

人に生み出されたのに、人と共に生きてはゆけないし、人の歴史に介入してもならない悲しみ。心なんてままならないものを持ってしまった不動の慟哭が痛ましくて、たまらず泣いた。不動役の椎名さんの演技が素晴らしかった。舞台の上にいたのは、柔らかさを隠したはりねずみみたいな、負けん気が強くて心根は優しい、まっすぐな1本の刀だった。光秀役の窪寺さん、蘭丸役の丸目さんも、それぞれに全く違う信長への愛情を体現した、見事なお芝居だった。

 

薬研ニキの膝小僧について

タイトルがおかしいですがわたしは正気です。とにかく薬研の膝。膝小僧が。というか短パン履いた脚がすごかった。あの脚を表現できる言葉が日本語に存在するのだろうか? あんなに尊い膝小僧をわたしは拝んだことがないです。

ちっちゃい薬研は誰よりでっかいアニキで、悩む宗三にかける声も、横目でふっと微笑む視線も慈愛に溢れていた。蘭丸に踏み込もうとする不動を追い立てながら、戸惑う蘭丸に「本当は会っちゃいけねえんだけど、でも、会えて嬉しかったぜ」みたいに言い去るシーンがたまらなくて、今もこの文章を打ちながら泣いている。

運命の夜を前にして動揺する不動や宗三の気持ちもよくわかるが、あえて気持ちを吐露せずに飲み込んで、ただ今の主の刀として生きる。男前という言葉は薬研のためにある。蘭丸に会えて嬉しい、けれど振り向かないと決めている背中が大きくて切なくて愛しくて、薬研マジ薬研(表現を放棄)。一緒にお酒を飲みたい刀剣男士No.1は薬研ニキです。

 

真剣必殺で脱いだ上半身の鍛え具合も、ムキムキすぎず細すぎず薬研そのもので眼福だった。演じる北村さんの「大将」の言い方がほんと「た~いしょ」って感じで、言われるたびに膝の力が抜けた。薬研中の薬研だった。この高まりが伝わっている気が1ミリもしないが、書いているわたしは最高に楽しい。階段に座って脚を組む薬研の太ももが映画館で見られる、21世紀に生きててよかった。

 

いち兄大好き鯰尾と、いち兄の闇

不動や宗三たちは今もなお信長に囚われているが、鯰尾といち兄はちょっと違う。鯰尾には記憶が一部ない。だからこそ無邪気に「ここをやり直せば」なんて言えてしまうのかもしれない。いち兄は「だめだよ」と返す。「できない」でも「ムリだ」でもなく「だめだよ」と言う。全部覚えているいち兄が言う「だめだ」の重み。いち兄も、やり直したいと何度も思ったからこその台詞なのだろうけど、それだけでは説明のつかない重さを感じる。

 

その後に続く「信じよう、今の主を」まで更に考えると、いち兄は「豊臣の世はあそこで終わらせなければならない」と思っているのかもしれない。それは歴史を変えてはならないという道義に加えて、自分の目で見た豊臣のあり方が「続かせてはならない」と感じさせているのかも。

異様な速度で頂点まで上り詰めた秀吉という男のそばにあり、秀吉本人を含め、周囲の人間たちが辿る過酷な運命を見届け、主を守れず焼け落ち、そのすべてを忘れることすら許されなかったいち兄。今の主の何を信じたいのか。死なないことか、狂わないことか、虐殺をしないことか、自分たちを取り残さないことなのか…いち兄はいつも穏やかなのに、心が凍てついているように見えてならない時がある。廣瀬さん演じるいち兄は、そんな静謐でどこか冷たくて底が見えない、わたしの大好きないち兄だった。\ロイヤル/(合いの手)

 

殺陣も本当に背筋がスッ…と伸びて音もなく優美そのもので、廣瀬さんは貴族なんだろうか。そのくせ可愛い顔しておいて軍議で一番長谷部にブッこんできたので、お腹がよじれるかと思うくらい笑った。

そして今日までに100万回くらい言われてると思うけど、挨拶で「露と落ち…」(いち兄の顔)→「?あれ??」→(顔、腰さわさわ)→「マイクがない…!」(素の顔)の流れが麗しかわいすぎてひどい。あのシーンだけでお金取れますよ*1。このとき、鯰尾が自分のマイクをいち兄に渡そうとしてたらしいのでそこも早く見たい。あ~あ、明日9月にならないかなー。

 

鯰尾役の杉江さんも背筋ピーン(粟田口の共通装備)で、声も斉藤壮馬くんによく似せていたし、アホ毛の王子様みたいな最高のアホ毛だったし、「いち兄!」って何度も言うのがたまらんかった。こんな脚がスラッと長くて可愛い鯰尾が「いち兄!」って。「いち兄!」ですよ。ハァァ。無事に生き延びて最後まで見ることができてよかった。それくらい打撃が強かった。

鯰尾が、小夜と2人で腹ばい前進する偵察の時*2に「燃えることになっているもの(本能寺)は燃やさないとね」みたいなことを、純真そのものな顔で言うのがちょっとすごかった。いち兄への信頼というか陶酔というか、そういうものと同時に、鯰尾の中にも過去への執着があるんだと感じさせる一言だった。台詞自体はとても軽いのに生々しさがあって、鯰尾といち兄が抱えるものの重さをぐっと突き付けてくる。12振りも刀が登場する中で、冒頭の回想をしっかり活かして、どの刀剣男士も影を薄くさせない工夫が素敵だった。

 

三日月と山姥切

信じられないかもしれませんがここからが本題です。ようやくこの2人の話に入れる。はじめよう。

冒頭で三日月が「刀剣乱舞、はじめよう」と言った瞬間、「あれ? 鳥さん喋った?」と思った。それくらい声が似ていた。そして似ているのは声だけじゃないというか、喋らなくても、鈴木さんはそこにただ立っているだけで三日月だった。

すくっと立ち上がる時のまっすぐ伸びた背中、話し相手を見つめる眼差しのたおやかさ、優雅そのものの殺陣、何もかもが三日月宗近以外の何者でもなかった。この人は実は本物の三日月なんじゃないかと何度も思ったし、2.5次元というものの真髄を脳天に叩きつけられた気分でいっぱいだった(それにしても、どんな動きをしても体の芯が全然ブレない、鈴木さんの体幹の強さは何事だろう。あれほど美しい姿勢を、公演の間中維持するのにどれだけの筋力が必要か想像もつかない)。

 

三日月宗近という刀は、長く人の世を見てきたせいでひどく達観してはいるが、決して厭世的ではない。対する山姥切国広は、客観視からは程遠い自意識と劣等感にまみれた青臭い刀だ。近侍という役割の重さにあえぐ山姥切の八つ当たりを、軽々と避けながら見守る三日月の優しい視線。

山姥切が文句を言うたびに三日月が「ははは、そうか」と返すんだけど、その「ははは」が、話をまともに受け止めていないくせに、山姥切の本音にはちゃんと気づいていて、かつ「お前なら大丈夫だ」と言っている、そういう「ははは」だった。「ははは」だけですよ!? この3文字にこれだけの気持ちをちゃんと乗せて届ける、鈴木さんは「三日月宗近を演じる人」じゃなくて「三日月宗近」だった。

 

三日月に乗せられて手合わせをチーム戦にしたはいいものの、いきなり斬りかかってくる三日月に翻弄されて「この、くそじじい!!」と山姥切が叫ぶところが最高すぎて卒倒しかけた。おじいちゃんが完全にまんばちゃんで遊んでいる。剣をガツンガツン交わしながら、くそまじめで融通が利かないまんばちゃんをからかって心底楽しそうな三日月。ときめきによる呻き声を堪えるのに苦労した。

 

そして月夜の体育座りシーンは今日まで生きてきてよかったと思わされる1シーンだった。こんな尊さしか存在しないシーンが流れたら世界が平和になるので、次のライビュは全世界に中継すべきだと思う。「俺に近侍は務まらない」と言った外面的な愚痴ではなく、「なぜ心など持ってしまったのか」という素直な内面の吐露に対する三日月の答えが素敵で、本当に素敵で、なんと表現したらいいのか今でもわからない。

 

天下五剣の中でも最も美しいとされる三日月が、まっすぐ山姥切を見つめて「そなたは美しい」と言った時、山姥切は思わず「え」と固まった。正面から見つめられたらマントを深くかぶり直すし、褒め言葉も「どうせ…」と穿って受け取るばかりだった山姥切。その彼が言葉を失い、しばしの沈黙の後に我に返って、恥ずかしそうに「天下五剣が酒に酔ったか」と照れ隠しに吐き捨てる。

三日月は「審神者がそう言っていたのだ」と笑ったけれど、確かに三日月にとって山姥切は美しいのだとわかるシーンで、もう、たまらんかった。人は萌えすぎて泣けるんだと知った。たまらん。

 

だってそうでしょう、山姥切は美しいのです。まごうことなき国広の傑作であり、近侍を務め上げる力があり、うまくいかない織田の刀たちをどうにかまとめようと奔走し、文句を言いながらも不動の世話を焼く。月夜の舞台に映える金の髪と意志の強い目。そして部隊を危険に晒した過去の失敗を忘れられない弱さがあるからこそ目が逸らせない。わかっていないのは本人だけなのだ。山姥切は美しい、それはもう美しい魂を持った名刀なのです。あの布もさあ。しなやかで美しすぎる。あの布はなんなの、天女の羽衣でできてるの?

 

山姥切よりずっと長く生き、美を賞賛されつづけた三日月がその美しさを認め、自分の価値への無自覚さも含めて山姥切を愛おしく思っている。そして「太陽になれ」と言う。これは、三日月が言うことの重みを考えないわけにはいかない。

他の誰かが言うなら「明るく照らしてほしい」くらいの意味なのかもしれないけれど、太陽なくしては光ることができないのに、太陽とは決して同じ空に存在できない三日月が言うのは、ずっとずっと切実だ。三日月は、長く生きすぎたせいで失ってしまったいろんなものを山姥切の中に見出しているように思う。

 

敵に囲まれて傷を負った三日月のとなりに山姥切が駆け寄り、背中合わせに戦うシーンの台詞は、わたしが死ぬときは墓石に彫ってほしいレベルで好きだ。

三日月ほどの名刀の背中を守る山姥切。「太陽になれとは、無茶を言う」と笑うまんばは、少し吹っ切れたような、少年らしいいい顔をしている。「ずいぶん煤けた太陽だ」と返す三日月も、これだけ敵に囲まれているのに絶対に大丈夫だと信じられるいつもの三日月。こんなものを4000円ちょっとで拝めていいんだろうか。21世紀にオタクとして生まれたならこのシーンは見るべきだと思う。見ないのは人生の損失です。

手合わせ時とは全く違う、本気で繰り出す三日月の殺陣も凄まじい。涙が止まらなくてよく覚えていないのがつらいし、たぶん隣でチュロス食べてた人も泣いていたので、地球は一刻も早く公転して9月になってほしい。

 

そして締めにまんばちゃんが「綺麗とか、言うな」とか照れを我慢した顔で仰ってくれやがったのでわたしは無事に昇天した。座っててよかった。腰がぬけたもん。

ちなみに、最後の最後まで軍議ネタでまんばちゃんをいじりまくる鶴丸さんは最高だった*3。おじいちゃんや鶴丸さんみたいな人に翻弄されるまんば本人は「なんなんだ!」ってプリプリしてるけれど、周りはみんな、まんばが大好きだからからかう。まんば以外の人はそれがわかっている。わたしはそういうまんばちゃんがいる本丸が大好きだ。山姥切が大好きだー!!!!

 

そして問題のライビュ用挨拶

千秋楽の挨拶中にみんなを優しく見つめる鈴木さんが、絵に描いたような素晴らしい座長っぷりで、どれだけ拍手しても足りないくらいだったんだけど、舞台終了後、ライビュ用のカメラにひとりひとり挨拶していくシーンに、最大の爆弾が仕掛けられていた。

 

【流れ】

  1. まんば役の荒牧さんがカメラに挨拶
  2. 先に挨拶を済ませた長谷部役の和田さん(テンション振り切れてる)が「荒牧~!あらまきー!」とカメラのフレーム外から大声で呼ぶ
  3. 荒牧さんが笑いながら挨拶を終えフレームアウトしようとする
  4. フレームアウトする寸前、マントが「ふぁさ…」と脱げる
  5. 満面の笑みの荒牧さんの横顔がフレームアウト


マントが!!!!!!!!

劇中でどんなに動いても決して脱げなかったマントが!! 脱げた!!!! NUGETA!!!

 

公演中、叫びたくなるシーンはたくさんあり、そのたびに腹筋を震わせて口を押さえてなんとか耐えてきたのだけれど、もうだめだった。油断していたのもあったけど、だめだった。「ふあぁほへryujhnml@:;」みたいな言語とため息と魂が口から出た。ほんとに口から出た。

 

「本丸で、歩く山姥切のマントが風に煽られて、ふっと頭から脱げてしまった瞬間を見てしまった」みたいな気分だった。いけないものを見てしまった。まんばはきっと美しすぎるからマントを羽織る運命にあったのだ。唐突に晒されてしまった幸せそうな微笑みの美しさたるや。このひとは人間なの? 天使じゃなくて?

この奇跡の瞬間を目撃できる僥倖。前世でとんでもない善行を積んだ審神者がライビュ会場のどこかにいたに違いない。ありがとう徳の高い人。まんばが笑えば世界は優しくなる。

 

2016年が始まった頃は、自分がこんなことになっているなんて思いもしなかった。人生ってわからない。今はただただ早く9月になってほしい。こんな素敵な舞台をありがとうございました。

 

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※2016.05.25 23:47

荒牧さんの漢字を間違えていたので修正しました。大変失礼しました…!

*1:そのあとの鶴丸さんとのサービスシーンのせいで、廣瀬さんの挨拶を本当に一言も覚えていない。

*2:可愛さがカンストするとはこういうことだ

*3:軍議中、必死に「小夜が!」って何回も流れを戻そうとするまんばに絡みまくる鶴丸さん、マジ鶴丸さんだった