立ち往生

基本的にネタバレに配慮していないのでご注意ください。

「吉原彼岸花 久遠の契り」感想

友人の友人に言われた。「のらさん、バッドエンドとすけべと乙女ゲームが好きと聞きました」と。はい、好きです。そしてこうも言われた。「好きな子に振り回されて悩んじゃう余裕のない駄目な大人好き仲間とお見受けした」と。ええ、好きです。好きです、ダメな大人。そんな彼女にオススメされたPS Vita「吉原彼岸花」、面白くないわけがなかった。

 

舞台が遊郭、主人公が遊女、という乙女ゲームは割とあるけど、吉原というきらびやかな世界の縁をしっかり囲んだ陰鬱さや、遊女という生き物の悲哀さをきちんと描いた作品はそうないんじゃないだろうか。廓の中で繰り広げられるのは華やかな宴だけじゃない、金で買われて遊女は毎晩違う男と寝るのであり、愛も恋も金も欲望もドロドロに混じり合っているから、遊郭は艶やかに輝くのだと、この物語は徹頭徹尾、訴え続けてくるのである。

正直エグい。つらい。体も心も痛い。でも、その地獄のような世界で、主人公やキャラクターたちが掲げる矜持や人間らしいズルさ、垣間見える優しさや悲しみなんかに、どうしようもなく惹かれてしまうのである。しょうがないよなあ、だってみんな生きてるんだもの。というわけでここからの感想は完全にネタバレです。



神楽屋彰人ルート

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のっけからバリバリオラついてますけど、選択肢がまじでわかりやすすぎて笑ってしまう、ダメな大人その一。金にも女にも不自由したことがないお坊ちゃんなので、座敷でお金をバラまいて遊んだりしちゃう。引くわ~。

自分に媚を売ってこない凛ちゃんとの売り言葉に買い言葉な応酬が楽しく、最初はただ興味本位でちょっかいを出すだけだったのに、気がついたらズブズブに足を取られていてアッハッハである。この「お前(江戸っ子商人なんで『おめえ』呼びなんですよ、いいよね~)は他の女とは違っておもしれえな」からの大ハマリご愁傷様ですな展開は王道中の王道だけど、最初から「お前の顔だけはいいと思ってる」みたいな台詞が入ってくるのは斬新である。

生来勝ち気な凛ちゃんも、彰人と話をしているとどうにもペースを乱され、とっくにやることやってんのにお祭りで手を繋がれてドキドキしたりしてんのが甘酸っぱくて頬が吊る。互いに金や欲が絡む色事なら手慣れてるのに、中学生かよ!?! みたいな…まあ彰人は完全に「好きな子に絡む小学生男子」そのものなんだけど…。なんとか凛ちゃんの気を引こうと金に物を言わせて余計に引かれてる様子が様式美だけど笑う。

 

お祭りで、凛ちゃんが虎の根付を欲しがるんだけど、凛ちゃんは「彰人にあげるために」ほしいのだとは言わない。彰人はそうと知らず、凛ちゃんのために虎の根付を探し、見つからないので不器用ながら必死に作ってみたりする。この二人はどちらも言葉が素直じゃないぶん、子供のような無垢な勘違いが胸に沁みるし、最初から意地を張らずに本心を伝えあっていればなあ、と思わずにはいられなかった。

彰人のルートでは、この「胸の内を明かさなかった」ことが後々ボディーブローのように効いてくる。その瞬間は「また後でいつでも言える」ことであったとしても、ほんの些細なすれ違いやボタンの掛け違いで、伝える機会を生涯失ってしまう。そういうよくあるはずの先延ばしが、永遠に戻れない道への分岐点だなんて、一度は思いを交わしあった二人だけに本当に辛い。

 

わたしがこのゲーム凄いなと思ったのは、凛ちゃんは、これだけ金にモノ言わせるマンな彰人に身請けを乞われておきながら「通さなければいけない仁義がある」とすぐには身請けされないところです。しかも、その仁義を通して礼を尽くす間、しっかり他の客に買われ続けているのだ、と克明に描いている。また、凛ちゃんの実家をつぶして親を自殺に追い込んだ金貸しが彰人なのだと判明した後、金貸しの仕事をやめろと迫るかどうかの選択肢があるのですが、これは「仕事をやめろと言わない」のが正解なのである。「花魁としての務めを果たしきる、という自分の信念を受け入れてくれたのだから、どんな仕事であっても、彼の仕事を否定することはできない」と凛ちゃんは思うのだ。

これ凄いと思いません? 「身請けする!」「ヤッターありがとう!」→ハッピーED じゃないんですよ。「もうそんな仕事やめてよ!」「わかった一緒に貧乏だけど幸せになろう」→ハッピーED じゃないんですよ。互いに生きてきた人生があり、どれだけ汚い仕事であっても、口を糊する者としての矜持があるわけです。泣きたいほどに恋をしたからといって投げ出すことはできない、それは今までの自分を、そして今相手を愛している自分をも否定することになるからです。ままならない。つらい。読んでてつらい。でも、この選択肢を正解として選ばせてもらえるこのゲーム、信頼感の塊だなとこの時思いました。

 

ちなみに彰人のグッドEDは、刺された彰人が回復した後の内証でのやりとりが本当に好きです。プロポーズの後「いやだったらちゃんと断れ。俺は凛と一緒になりたいけど、お前を苦しめたいわけじゃない」って言ったのも、彰人おまえ~~~ウワ~~ドン引き俺様ボンボンからイケメンになったやんけ~~~ってモダモダしましたが、その後の時雨さまとのやりとりでわたしは喝采を上げました。

 

「なぁ、時雨、凛には『優しくて尊敬できる楼主様』だって思われてるうちに腹くくれ」

「俺がこいつに、ここまで本気になると思ってなかったお前の誤算だ。ーー諦めろ」

 

 

お、おまえ、気づいとったんかーい!! 時雨さまの執着に気づいとったんか~~い!! そして彰人は、時雨さんが我を忘れて凛ちゃんを引き止めることができないのも知っている。知っていてこう言っているのだ。彰人ォ…。ここのBGM「悲しみ」ってタイトルなんですよね…なんてこった。彰人のグッドEDは二人とも心から幸せそうで、正真正銘のハッピーエンドだけど、その影で、凛ちゃんなしで生きていかねばならない時雨さんを思うと涙が出てしまう。他の人の隣りで幸せそうに笑う凛ちゃんの姿を目の当たりにし続けないといけない。彰人ルートなのに時雨への憐憫が募ってどうしようもない。

なお、監禁入れ墨コースのバッドEDは、小学生男子拗らせまっしぐらで辛いというより笑ってしまった。入れ墨の入れ方が斬新。



大月忍ルート

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ヘラッとした遊び人だけど本当は、なギャップバリバリダメな大人その二・凛ちゃんはあなたのママじゃありません! ルート。薄々感づいてましたが、このゲーム、ダメな大人と童貞しかいません。

わかっちゃいるけど、暴漢が侵入してきた時の「いやあ、野暮でしょ、お兄さん」「いいから、下がれ!」には床ローリングしました。好き。こういうの好きです、ハイ。凛ちゃんの啖呵もカッコよかったね…。三度の飯よりギャップ大好き人間として、飲んでるお酒がただの水だと凛ちゃんに気づかれた時の「ーーいつから気づいた?」の声の変わりように思わずボイス登録ボタン連打しました。

 

忍さんルートでは、二人は幾度となく約束を交わす。そして絵空事のような約束も、たとえば「ホタルを一緒に見よう」だったらホタルをめっちゃ狩ってきて座敷に放すウルトラCで果たしちゃったりして、忍さんは約束を違えない律儀な男として描かれる。だけど、時間や環境の変化は、人を否応なしに変えていく。最初から約束を破ろうとしていたわけじゃないけれど、結果的に約束は守られない。そういう不義理は、誰にでも身に覚えのある感覚だけに、バッドEDのやるせなさがたまらなかった。一番大切だったはずの「俺のお嫁さんにする」という約束だけが守られない。残酷だ。

誰が悪いわけでもない。母親の形見の櫛を渡して「俺のお嫁さんになってくれる?」と尋ねた無邪気な問いかけ(対比になる櫛というアイテムの重さ!)に悪意はないし、身分の差を乗り越えてみせると誓った忍さんの決意に嘘はなかった。なかっただけに、その手を取った結果があの結末なのだと思うと、どこに拳を振り下ろしていいのか全然わからん。他ルートでは死んでも悔いはないほどの燃えるような愛を描いておきながら、こんなEDをブッこんでくるなんて、まじで生きるか死ぬかのゲームですよこれは…。

 

優しい顔をした地獄への枝分かれになる、蔵から助け出された後のシーンも、とても切なかったですね。惚れた男に「遠くから幸せを祈らせてください」って別れを告げる凛ちゃんの潔さよ。「針をのんだような痛みが喉に走る」という表現も、今まで何度も「嘘ついたら針千本飲ます」で約束を交わしてきた二人だから痛い。忍を拒む台詞は虚勢であり、凛ちゃんの本心は真逆だと忍も知っている。でもその嘘は突き通さねばならない嘘なのです。「抱えきれないほどの思い出と愛情をもらったから、この先、一人になっても生きていける」「遠くにいて、そばにはいない忍が、自分を誰より強く支えてくれる」という凛ちゃんのモノローグがあまりにいじらしくて物悲しくて、わたしは泣いた。

 

ここから続くグッドEDで、この「唯一守られなかった約束」を、序盤のささやかな伏線と一緒にキレイに回収してくれたので、もう涙と鼻水で大変なことである。あんなチャラチャラした振る舞いをしていたのに、凛ちゃんと交わした会話をこうして大事に大事に胸に秘めていたんだなあ、と思うとさぁ…なんだよも~~切ねえ~~~!!「互いに自分の務めはしっかり果たしたよね」という忍さんの噛みしめるような台詞が沁みる。近くまで来てるのに門で出迎えるわけじゃなく、木陰で折り紙を折りながら待っているというのも、何年も時が経って、変わっていないはずはないのに、それでも人には変わらない部分があるのだと希望を残してくれるような、夢みたいに綺麗な終わり方だった。

忍さんは彰人さんルートで「千早ちゃんが神楽屋さんを嫌いになりたくなさそうだったから」でファインプレーをしてくれるのもよかったし、時雨さんバッドEDでただのヤリチン野郎になっちゃってるのも嫌いじゃないです(率直)。

 

朔夜ルート

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ダメ大人の中に咲く癒しの童貞枠。本心を何も口に出せないまるでダメな大人の中にあって、唯一ほっと息をつける、素朴なときめきが胸を打つルートでした。捨て猫をきっかけに距離が縮まり、手紙のやりとりで恋心を育んでいく、この過程があまりにも甘酸っぱい。一度体を許したら最後、朔夜がいきなりサカりだすのもわかります。そりゃこんな綺麗なお姉さんで初めてを経験したら、猿になるってもんよね…。

 

若くて幼い朔夜は、手練手管や打算の世界とは縁遠く、その不器用さや率直さが凛ちゃんを捉えて離さない。多彩な球種やきわどいコースで勝負し続けていたところに、向こう見ずな剛速球ストレートを投げ込まれたような気持ちでしょうか。例えがわかんねえ。とにかく、凛ちゃんが朔夜を放っておけず世話を焼き始めて、若者の勢いにどんどん飲まれていく様子はリアルだった。

手を差し伸べたのは凛ちゃんの方だったけど、変わらない世界に倦んでいた凛ちゃんに、違う景色を見せてくれたのは朔夜の方だ。檻の中で生きる凛ちゃんにとっては、泥から顔を出して息ができる唯一の時間だったんだろうな。だから、怖いほど物怖じせずに自分を求めて、二人の未来を夢見る朔夜を、突き放し切ることができなかった。その強引さをどこかで欲していたのかもしれない。救いがないのは、泥から顔を出したところで、そこは遊郭という苦海の中でしかないという事実なんですけどね…。

そう、吉原彼岸花は、一介の若い髪結いと遊女が手を取ったところで、地獄から抜け出すことなどできるわけがないと高笑いで知らしめてくるのです。朔夜ルートには、そのためにこそ、ささやかな幸せシーンがキラキラと散りばめられているのです。えぐい。これをえぐいと言わずして何というのか。拾った猫・さくらが死ぬあたりから、もう後ろに待ち受けるのは底の見えない穴だけという予感がひしひし伝わってくるのが非常にしんどかった。幸せにしてやってくれよ~~この二人をヨォ!

 

転落のきっかけになるエピソードがまた、朔夜を騙して金を持ち逃げした兄弟子が二人の関係を知り、凛ちゃんに抱かせろと迫ってくる、という胸糞悪さ。「あんな人に抱かれに行くあなたの髪を結えない」と激高する朔夜に、「だったら他の髪結いを呼ぶだけだ」と静かに告げる凛ちゃんの覚悟とプライドが痛ましすぎてどうにかなりそう。腹を決めた朔夜が髪に口づける仕草はもう、こんなに悲壮な展開があっていいのか!? と顎が筋肉痛になるかと思った。胸が抉られる。自分の誇りをかけて、憎い相手と夜を過ごす好きな人の髪を飾る。ウワァ。労災! この心の痛みは労災です!!

 

ここからの畳み掛けが本当に尋常じゃなくて、制作陣鬼だなって感想しか出てこないんですけど、兄弟子が嫌な客だと気づいた凛ちゃんの同僚・喜蝶さんが、ちょっと危ない眠り薬をくれるのです。これ使えば相手が寝ちゃうから、夜の仕事をしなくてすむわけですね。その薬を使うか使わないか。選択肢が出るのですが、結局どちらを選んでも、兄弟子は火急の用事のため帰ってしまう。薬を混ぜた酒を処分しようとして時雨さまに見つかり、凛ちゃんは水責めの折檻をされてしまうのです。

 

この流れで肺が濁る点が2つあって、ひとつは、時雨さまは、あれだけ甘やかして可愛がっている凛ちゃんに折檻するんだ、っていう驚きです。折檻の描写が淡々としているのが、より生々しさを煽ってくれる。遊郭舞台の乙女ゲームは多々あれど、主人公がこんなマジで折檻されてるの、他にあるんかな。つらいよ水責め…。

あともうひとつは、どちらの行動を選んでも結果は変わらない、という事実です。確かに違う選択をすれば、過程はほんの少しだけ変わるんだけど、このゲーム、「どう動いたところでひとつの結果は変わらない」という籠の鳥感が凄まじい。

たとえば他のルートでも、「行く」「行かない」という選択肢が出た時、「行く」を選んでも「行きたい気分だけど、やっぱりやめておこう」みたいになったりするんですよ。でも、その時「行きたい気分だけど」とちょっと迷ったことが、後々大きな分岐点になったりする。迷った直後の行動は変わらないのに。この恐怖。そして残酷です。ああしまった、と思った時にはもう戻れないし、どこで足を踏み外したのか、プレイヤーにもわからない。こんな些細な迷いひとつで最後は地獄に落ちたりする。どうにもならんのか。精神ゴリゴリ削ってくるからこっちはほぼ瀕死なのに、朔夜というピュアの権化が超ストレート愛情表現を繰り出してくるので死ぬに死ねない。逃げよう、と朔夜が立ち上がった時は、座して待つ死刑囚の気分だった。もうどうにでもな~れ。

 

逃げて時雨さんに捕まるところで分岐が入るんですが、この、一旦大門の外まで逃しておいてから逃げ道を塞ぐところ、さすが時雨さまですよね~~~いやらしさの塊!! ウケる!!(歯ぎしり)髪を切り落とした凛ちゃんのひどい姿を見て絶句し、「そんな髪では、もう商売はできないね」と呆然と言い捨てて去る時雨さま、よかったです。バッドEDで川に飛び込む凛ちゃんに「行くな!!」と絶叫する時雨さまも、よかったです。そんなに好きならどうして、と泣きながら胸ぐら掴んで問い詰めたかったが、残念、ここは朔夜ルートです。

 

折檻後に朔夜がブチ切れるEDは、脚本のかた途中で気を失った??みたいな謎の締め方だったけど、グッドEDは慎ましやかなハッピーエンドでしんみり泣けた。対して逃げた後のバッドEDはどちらも、凛ちゃんは心を壊すことで朔夜への思いを守り、だから生きていけているのだなと思える終わり方だった。簡単に死ねないのは人の業かとも感じました。

 

辰吉ルート

(PC版で攻略できないから絵がない)

PC版では辰吉が攻略できないってマジ? なんで? えっ?? PC版プレイヤーは吉原炎上させようと思いませんでしたか? いやむしろランボー怒りの吉原大炎上させたから辰吉が攻略キャラになったのかも。知らんけど。よかったですよ辰吉、辰吉ルートのおかげで伊勢屋惣一郎の深みも更に増す。わたしはやっぱりギャップに胸を掴まれるんだなとしみじみ実感させられたルートでもありました。

 

辰吉がずるいなあと思うのは、寡黙&実直で思いを言葉にしないぶん、行動に滲み出る心情が際立つところです。親の死を知って泣き出す凛ちゃんを無言で泣かせてくれる時「今日は手ぬぐいを忘れたんです」と言うから、初めて客を取って泣いた凛ちゃんを、手ぬぐいを渡して慰めたことを、辰吉も覚えていたんだなとわかる。初めての花魁道中を終えた後「ご立派でした、千早花魁」と初めて名前を呼んだことで、誰に見せても恥ずかしくない立派な道中をやり遂げたのだし、血の滲むような練習を積んだ日々を辰吉は全部知っているのだとわかる。

「好きな相手に贈り物をしたら喜ぶ」と言われ、少年みたいに素直に小物を買って、でも渡せずにずっと持っていたのとか、可愛くて甘酸っぱくてたまらない。凛ちゃんが「すれからしの遊女が持つようなデザインじゃない」と諦めたものを、遊女になる前から凛ちゃんを見ていた辰吉が渡すとか、ときめきがメモリアルでハゲそう。

 

しかもCV興津さんの抑えた演技がね、朴訥なのに、短い返答ひとつひとつに全部違う感情が乗っていて、凄いんですよね…。凛ちゃんに手ぬぐいを不意にプレゼントされて戸惑う様子なんか、萌えのあまり拳を握った。もうなんでもいいからこの二人を幸せにしてやれよ!! いいじゃんいいじゃん、同じ遊郭のスタッフ同士でも!! との思いが頭をよぎるけど、わたし知ってます。キュンと胸が締め付けられる仄かな幸せシーンの後には、泥水に頭から突っ込む地獄展開が待っている、それがこの「吉原彼岸花」なのだということを。そう、辰吉ルートにおいては、ラスボス時雨さまに加え、伊勢屋惣一郎という魔王がいるのです。

 

「昨日、誰の前で泣いたの?」と静かに問い詰める惣一郎は、凛ちゃんのためにここまで生きてきたと言っても過言じゃないわけで、凛ちゃんが誰を思っているか、凛ちゃんよりもよく知っている。本人ですら自覚できていない淡い思いに気づいた時の、そしてその相手が辰吉だと悟った時の、惣一郎の腹が冷える感覚を想像すると、ちょっと言葉が見つからない。

惣一郎だってきっと、あんなガチ切れほぼ3Pみたいなやり方で初めて凛ちゃんを抱くのは本意ではなかったはず。自分のルートではなっかなか手を出しませんからね。初恋の淡さは触れたら崩れてしまう脆さと似ている。手に入れたさと触れたくなさがどちらもメーター振り切れてそうなところに、伊勢屋惣一郎の人間味が溢れている気がする。だから、凛ちゃんが「惣さんとの初めてがこんな形なんていや」ってしなを作っておねだり演技したのも、惣一郎は余計に許せなかったのかなと思った。このゲーム全体的に、そういうシーンに突入するギリギリ直前までテキストを入れてくれて、CERO Dの中で相当頑張ってくれてるのが激推しポイントなんですけど、ここのどす黒いねっとりプレイシーンはPC版で全部見たいぜ…あっPCに辰吉ルートないのか!?(完)と打ちひしがれました。辰吉がどこまで同席させられたのか気になる。気になりすぎる。

 

こうして惣一郎の逆鱗に触れ、廓の中でも噂になり、惣一郎の元から去る決意をする辰吉の愚直さが悲しいなと思う。誰もが自分の欲のままに奪うことが当たり前の世界で、辰吉だってそうしていいはずなのに、彼は自分が身を引き、凛ちゃんと二度と会わない道を選ぶのだ。

あの人と結婚すればあなたは幸せになれる、と穏やかに諭す辰吉が、他者のことばかり考えているのが苦しい。お互いギリギリ核心を突かない言葉を選んで、思いを告げ合う別れのシーンもあまりにも切なかった。好きだった、とすら言えないの苦しすぎないですか…? お前だって幸せになる権利がっ…あるんだよ辰吉ィ!(鼻水)

こんな涙がしょっぱい別れの後、辰吉が初めて凛ちゃんに対して敬語をかなぐり捨てる大炎上シーンからの思いを遂げる流れには、本当にもうどうにかなるかと思うくらい萌え転がった。乙女ゲームは携帯機でやるに限りますマジで。床転がれますからね。

 

そして辰吉EDはバッド・バッド・グッド…グッド…? 的な、死ぬか囚われるか死ぬか、みたいなラインナップでどれもよかった。辰吉グッドEDは紛うことなきグッドEDだとわたしは思いますね。結核にかかって死を待つばかりだった凛ちゃんの前に現れた辰吉が「まだ、俺に攫われてくれるつもりはありますか?」って訊くの、体中の水分が目から蒸発するかと思った。この期に及んで凛ちゃんの応えを待つ辰吉の、でも答えはわかっていると言わんばかりの訊き方が最高に優しくてね…洗いたてのフカフカの布団みたいなお声なんですよ(伝わらない)。こんなにプレイヤーを泣かせるなんて興津さんは罪な男やで。柚ちゃんの「わっちはなんにも見ておりんせん!」も、バカ、柚のバカ。好き。

凛ちゃんはあと僅かしか生きられない、そしてたぶん辰吉も遠からず死ぬ、その間の二人の、まるでままごとみたいな幸せな日々。大好きなEDのひとつです。バッドEDふたつも、不幸の種類が180度違って印象深い。生き延びるのと死ぬのはどちらが幸せなのか、喉元に笑いながら突きつけてくるようなゲームですね。



伊勢屋惣一郎ルート

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ヒエエ~~~怖い。怖い人来ました。こんなに物腰穏やかで物分かり良さそうな優しい人、裏がないわけないじゃんぜったい腹黒ド変態だろとわかってはいたけど、こっちの予想を斜め上に超えてくるタイプのダメな大人だった。ダメ大人筆頭。でもご存知ですよね? こういう人、好きです。好きです…(噛みしめ)。何がいいって、中澤まさともさんの喋りがねっとりしてるのがイイんですよね…。

 

凛ちゃんに再会するために泥の中を這いずり回り、のし上がって金と権力を手にし、いざ凛ちゃんの馴染みになっても自分のルートではギリギリまで抱かないっていうのが、この伊勢屋惣一郎という男の本質を表しているように思えてならない。他のルート、特に辰吉ルートではブチ切れフィーバーかましてますが、彼が生き抜いた地獄の中で、凛ちゃんに会うというたったひとつの希望がどれほどの支えだったのだろうと想像すると、死と不幸しか待たない刹那の人生を、とても笑う気になれないのです。

その壮絶な覚悟の前で、遊女であることを負い目に感じて踏み出せない凛ちゃん。どちらの気持ちもわかるだけにすれ違いが痛ましい。

 

惣一郎は、何もかもを捨てないとここまで来ることができなかった。汚泥の中でようやく幸せを掴んでも、砂上の楼閣は為す術もなく崩れていく。彼が盤石の幸せを得られないのは、ひとえに彼が貧しい生まれだったから。親がいないから。どうしようもない。こんなどうしようもない要素で、人生はいとも簡単に決まってしまう。そんな人生を「もし生まれ変わっても俺は同じ道を選ぶ」と迷いなく告げる惣一郎は、どこかが壊れているのに、愛に殉じる聖人のようで、やるせなくて悲しくてたまらなかった。

死と隣り合わせでない平穏な日々よりも、凛ちゃんと共にいられる希望が僅かでもあるなら、この汚れた人生を何度でも選ぶ。そうまでして望むたったひとつの願いが、どうしても叶わない。ひとの人生はどうしてこうもままならないのだろう。皆幸せになりたいだけなのに。

彼の世界には凛ちゃんしかいない、自分も未来すらもない。空っぽで臆病で強情で、情けなくて優しい人です。わたしはグッドEDより、一緒に入水するバッドEDが好きです。一緒に死ぬことで二人はようやく幸せになれるんだ、と感じられた。時雨さまをダシにする狂気の新婚生活EDも大好きです、惣一郎さんの振り幅ハンパねえ。他のルートで誰かと幸せになる凛ちゃんに、よかったねと声援を送るたび、でも惣一郎は一人で死ぬしかないんだなと思うと、臓腑にしみる物悲しさがあった。誰かの幸せは、誰かの不幸の上にある。

 

そして惣一郎といえば辰吉ルートと時雨さまルートの話を外すことはできませんね。いや~まじホラーゲームかなって勢いで肝が冷えますけど飯はうまいです。

辰吉ルートでは、辰吉の前でアレコレしちゃう、CEROにケンカ売ってるギリギリシーンもとてもいいですけど、わたしは凛ちゃんが辰吉に手ぬぐいを渡してるのを見た時の「何をしてたの」が好きすぎて光の速さでボイス登録しました。あと「昨日、誰の前で泣いたの?」もね。この粘ついた制御のきかない所有欲が伊勢屋惣一郎ですよ、背筋にゾワゾワッと来る執着がたまらん。中澤まさともさんいいお仕事なさってます!!

 

時雨さまルートもね…やっと両腕に抱いた凛ちゃんが、手からすり抜けて時雨さまと一緒に燃えて消えてしまう、この絶望はとても想像できない。炎に飛び込む凛ちゃんに向けた絶叫の、喉が焼けるような痛ましさ。凛ちゃんが生き残るEDも、しんどさ桁違いで腰が抜けそうだった。凛ちゃんの心は、憎んでも憎みきれない敵である時雨さまが連れて行ってしまった。

「ひどくしてほしい」「時雨さまはこうしてくれた」と言う凛ちゃんに「わかったよ。君が望むことなら、俺は叶えてあげないとね」と返す惣一郎の声音の冷えが凄まじくて震えが来るんですが、ああ、この時、惣一郎が地獄の中でも必死に守ってきたものが壊れたんだなとわかる。二人は生きているのにもう死んでいるも同じことで、誰もが幸せになりたかったはずなのに、どうしてこんなことに、というやりきれなさの洪水である。

でも「惣一郎はこんな凛ちゃんの側にいるために、今まで必死に生きてきたのではない」と一概に詰らせてくれないのが、このゲームの面白いところです。凛ちゃんが生きていても死んでいても、自分さえ生きていようが死んでいようが、彼女と共にいるなら惣一郎は幸せなのかもしれない、とも感じられる。人間という生き物の業の深さをここまで描くシナリオの密度と重量。Vitaまでずっしり重くなりそうである。手汗で。



桜花屋時雨ルート

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ある程度予想はしていましたけど、予想以上にラスボスでした。そして想像以上にダメな大人でした。こんっな穏やかな顔して「お前はいい妓だね」(この「いいこ」の漢字が、普段は「子」、縛りを帯びるときは「妓」と表記されるのが上手すぎて地団駄踏む)とか微笑みつつ、内心ここまでグズグズでドロドロだったのか…そりゃ伊勢屋惣一郎にいくらお金積まれても身請け断るよなあ、伊勢屋惣一郎の周囲を調べ上げてお上に密告して、二度と凛ちゃんに近づかないようにさせちゃうよなあ…と腑に落ちました。どのルートでも投書してるの時雨さまですよね??

 

毎回差し込まれる糸里失踪事件は、時雨さまが噛んでる話なんだろうとわかってはいたけれども、地下の拷問部屋で何人も遊女をいたぶって殺していたとは知らなんだ。その現場を見た凛ちゃんに逃げられたくなくて、いっそ色に狂う姿に失望したくて抱きまくったけど、自分の方がハマってしまって徒労に終わるの、こんなこと言うのアレだけど、ダメすぎて笑ってしまった。お、お館さま~、あまりにもMDO(まるで・ダメな・おとな)

 

結構最初の方から、この人の内面にはとても危うさを感じていて、いやまあ危うくない普通の男なんてこのゲームには出てこないんですけど、ルートお構いなく凛ちゃんへの愛情や執着がビシバシ伝わってくるたびに「でも結局、凛ちゃんに体売らせてるのはこの人なんだよな…」という感覚がドロッと心に垂れてくるんですよね。こんなに可愛がって大事にしてる子を、毎晩違う男に抱かせて、お金稼がせてるんだ…っていう…。

大事にしてるように見えるだけ、とも違う、この人は本心から凛ちゃんを愛しいと思っている。柔らかな保護者ヅラで隠せてない病的な執心。幼い凛ちゃんを手篭めにしようとしていた父親には激怒するくせに…幼い頃のトラウマで愛し方がわかりません、的なキャラは多々見てきたけれど、ああこの人ほんとに愛し方がわからないんだなとここまで実感できたのは初めてかもしれない。

 

凛ちゃんを地獄に落としたのは確かに時雨さんで、彼さえいなければ凛ちゃんは普通の女性として生きていけた。確かにそうなのだけど、罪悪感と執着心と欲と憐憫と、そんなものがごっちゃになってて、彼は彼なりに凛ちゃんを愛しているのもまた真実。他の誰に理解できなくても、泥まみれの手で凛ちゃんの両目を塞いで優しく囁くみたいな、そういうやり方だって愛といえば愛なんだろう。彼自身、この方法が良いとは思っていなくて、だから必死に罪滅ぼしをするように上塗りをしていく言動が、とても人間臭い。愛情が全く理解できなければ、たぶん、彼が凛ちゃんに対してずっと抱いている申し訳無さなんて感じなかったはず。9割がたブッ壊れているのに、最後の1割だけ正気が残ってしまった苦しさ、みたいなものを終始感じました。

 

だからグッドEDでは正直、ノーマルにカタを付けすぎて、こんなんで幸せになれるとでも思ってんの??的な淀みが心に生まれました。財産投げ出して細々と幸せになる時雨さまとか認めねえぞ。しかし、それを補って余りある真相EDでございました。500億回言われてると思うけど、時雨さまのベストEDは真相EDですし、もはやグッドEDはバッドEDです(支離滅裂な思考)。

 

吉原大炎上なラストシーンが絵的にも美しくて素晴らしいし、一度は店の外に運び出されたのに、時雨さまのために店内に戻る凛ちゃんがよい。死を覚悟した凛ちゃんと、こちらを抉るような伊勢屋惣一郎の叫びがよい。一番いいのは何って、もう時雨さまの目が見えていないことです。紅蓮の炎も、自分を抱えた凛ちゃんの姿も何も見えていなくて、死ぬ間際だから、だから時雨さまはようやく素直になれた。この、歪みに歪んでねじれて一周まわったみたいな男が心底愛おしいし、死ぬことでやっと幸せになれるんだなと思いました。惣一郎の時も同じ感想を言った気がします。

駆けつけた凛ちゃんに言う「バカな子だ。ようやく手放してやる気になったのに」に滲んだ愛情深さとやりきれなさと嬉しさがとんでもなくて、正直脳内は祭りであった。理屈じゃない、理屈じゃないのだ。愛と憎しみは紙一重だし、生き死になんて正直どうでもいいことなのかもしれない。何が幸せで何が不幸せか、何が愛情なのかすら、きっと本人にしかわからない。時雨さまは時雨さまなりに、確かに凛ちゃんを愛しく思っていたんだよなあ、としみじみ伝わる、真相と冠するにふさわしい結末でございました。




いや~~~~、面白かった。面白かったです。面白かったし、最初から最後まで1ミリも容赦しないところが輝いていて、印象深い一本になりました。

世の中って容赦ないですよね。頑張っても報われることなんてほとんどないし、生まれで決まる幸せと、その上げ底の高さに、持たずに生まれた者は絶望するしか道がない。誰かが幸せなら確実に誰かは不幸。そういう世界で、這いずるように生きるキャラクターたちのしぶとさ、生々しさ、人間臭さを、逃げずにどっしり描いたお話だなと思います。わたしみたいにダメな大人とすけべとバッドエンドが好きな方には心からオススメします!