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立ち往生

基本的にネタバレに配慮していないのでご注意ください。

「ハイ☆スピード! -Free! Starting Days-」見てきました

「ハイ☆スピード! -Free! Starting Days-」見てきました。よかった。本当によかったです。

OLDCODEXの主題歌が「Aching horns」(疼く角)、ってことで、角が生え始めた少年たちの、青春の入り口に立った物語。
子鹿に角が生える時、皮膚を突き破られる鈍痛に耐えるためか、子鹿はひっきりなしに頭を木にこすりつける。永久歯が生えてくる違和感、手足に感じる成長痛。大人になるための疼きは誰にでもやってくる。
というわけで、恐ろしく長いネタバレ感想です。

●急に世界が広がった違和感

子どもの頃、隣町に行くことは大冒険だった。世界の端は手の届くところにあった。そんなささやかな世界から一歩踏み出し、青春のスタートラインに立った遙と真琴。遙は首が苦しい学ランに違和感しかなく、真琴は一人称を早速「オレ」に変えてみたりと高揚感がある(真琴の「オレ」呼びに怪訝な顔をする遙がいい。新しい世界を前にして、先に手を伸ばす真琴と、頑なに立ち止まったままの遙。開始後5分も経ってないけど「Free!」2期を思うと味わい深いシーン。ちなみに私は既に泣きそう)。


そんな二人が、ただ泳ぐことが楽しくて仕方ない旭と、まだまだ兄に甘えたいだけの郁弥と出会う。
中学生とはいえ、数ヶ月前は小学生だった4人。取り巻く世界は広がったけれど、急に視界がひらけると、歩く方向を見失う。「ハイ☆スピード! -Free! Starting Days-」は、この4人それぞれの、スタートを切った戸惑いと、方向を見つけて歩き始める背中を描いたドラマだ。


●遙と真琴の世界の狭さ

新しい世界に、違和感と不快さを強く感じる遙。背伸びをしないと掲示板も見えないくらい背は小さいままで、制服もサイズが合わない。学ランの襟を不快そうに触る描写が何度も出てきて、新しい環境に馴染めない様子がよく表れているなあと思う。

でも、新しい世界は待ってはくれない。遙と真琴のクラスは離れ、真琴は自分以外の友達と新しい関係を築いている(ここで遙が見せる淋しそうな感情表現がとても素直で子どもっぽくて、「Free!」時代を思うとあまりの可愛さにのたうち回りたくなる)。
敬語を使うよう遙を諭すのが真琴だというのも面白い。小学校の時とは全く違う、中学校という世界の文化を、真琴は既にちゃんと理解している。

嵐のようにやってきて遙の世界を変えた凛は、やってきた時と同じように、嵐のように去ってしまった。遙の胸にあるのは淋しさであり、喪失感であり、置いて行かれた苛立ちでもある。凛がいないことを肯定するようで、リレーにもまるで身が入らない。

真琴は真琴でやはり世界が狭く、自分抜きでも立派に居場所を作り出している遙の様子に愕然とする。「バスケ部、いいんじゃないか?」という遙の提案に愕然とする。一人では水泳部に入ることも決められず、何度押されても「どうしよう、ハル」と言うだけ。
その主体性の無さを一発で見抜かれ、尚先輩には「本当に水泳が好きなの? それとも遙がいるから?」と痛烈な問いかけを投げられる。真琴は答えることができない。水泳が好きだからです、と自信を持って返せない。

子どもの世界はとても狭いから、尚先輩のこの質問は、真琴にとっては小学生時代の記憶をすべて否定されるような衝撃だったと思う。真琴は遙よりも視野がずっと広く、新しい中学校という世界の広大さ、今までいた世界との異質さに気づいている。だからこそ、「変わらなければ」と頑なになってしまっている。遙だって自分だけの世界を広げているじゃないか。この「二者択一問題に答えを出さなければならない」と思い込んでいる感じが、真琴の生真面目さもあって、幼さがよく出ていていいなあと思う。

 

●夏の終わりの始まりに

この二人がすれ違うシーンは、リレーを泳ぐ4人の苦しそうな様子も相まって本当に切ない。
泳ぎ終わった後に、いつものように真琴の手を探し、顔を背けたままの真琴を見つけてショックを受ける遙(ここらへんの目の芝居が凄まじい。目の動きだけで感情を全部表現してしまっている)。遙の問いかけも笑顔でごまかす真琴に声を荒げる遙。

遙が怒ったのは、「遙は真琴の様子がおかしいことに気づいている」と真琴はわかっているはずなのに、それでも出来の悪い笑顔で逃げようとしたからだ(この後冷戦期間に入った遙の、もらった食事を食べない意地の張り方も可愛い。後先の考えなさが子どもっぽくてたまらない。可愛さがゲシュタルト崩壊してきた)。
そして、ここで見せる真琴のごまかし方の下手さは、「Free!」を思い出すと余計味わい深い。問いつめられて思わず「だって、もういっぱいいっぱいで…!」と取り乱してしまう始末で、真琴にもこんな幼い時期があったんだなあ…としみじみしてしまう。

結局は真琴の背中を押すのは、遙の「真琴は真琴だろ!」の一言だった。水泳も好きだし、遙と一緒にいるのも好き。今はどちらも。それでいい。中学生の二人は青春時代のスタートラインに立ったばかりで、輝かしい日々は始まったばかり。まだ答えを出す必要なんてない。彼らはまだ、そんな夢のような猶予期間に踏み込んだばかりなのだ。

二人が否応なく決断を下し、いずれ選びとるものと捨てるものを決めなければならないことを、私達は知っている。最後の夏が、そう遠くない未来に必ずやってくることを知っている。それだけに、美しい水の中で語り合うこのシーンの静謐さが胸に迫る。

こんなにも光が輝き渡るのは、校舎の壁が厚いからだということを、僕たちは知らなかった。(1999年の夏休み


Free!」2期で夏の終わりを知るのは真琴が先だけれど、真琴に旅立ちを決意させるのは遙との勝負だった。真琴の背中を押したのは、いつだって遙だったのかもしれない。


●旭と郁弥の場合


根拠のない自信に溢れていた旭が、遙の泳ぎを目の当たりにして自信を喪失する流れは、克服への道筋も含めて歳相応に子どもっぽくてよかった。怜にオススメされた本を全部受け取る素直さや、いかにも男子っぽいバカさ。子どもの頃の悩みって、本人はもちろん真剣に悩んでいるのに、周囲の大人から見ると微笑ましくなってしまうことがある。旭と郁弥の迷い方は、見守っているこっちが思わずくすっと笑ってしまうような、リアルな子どもらしさに溢れていた。

「どっちも最高のチームで、なんでダメなんだ?」とスパンと切り込む鋭さと端的さが、遙の心を揺らす。どうしたって、他者との関わりや変化なしでは生きていけないことを知る第一歩。

夏也を求めて、大人ぶろうとしているけれど全く大人ぶれていない郁弥が、夏也に振り向いてもらうために選んだ方法が「遙の真似をする」ことだったのは面白かった。わかりやすいものしか理解できない視野の狭さ。親から自立しようとする反抗期とはまた違う、夏也との独特の距離感がいいなと思う。


●中学1年生と3年生の違い


1年生と3年生ってこんなに違うかなあ、というくらい夏也と尚先輩のコンビは大人で、視野もずっと広い。1年生4人組について語るシーンが、4人の本質を的確に捉えつつ愛情に溢れていて、夏也と尚先輩の強い信頼関係もよく伝わってきて、いいシーンだなと思う。

「言わなくても伝わる」は遙と真琴にも成り立つ関係性だけれど、この二人の「言わなくても伝わる」とはまた何かが違う。それは積み重ねた時間の密度でもあり、乗り越えたものの存在でもあり、二人それぞれの立ち方でもある。


もちろん夏也にも、中学最後の夏を一緒に泳げない尚先輩に抱えたまま言えない思いがあるし、尚先輩が「泳げるのに本当に泳ごうとしない」4人を見つめる視線は優しいばかりじゃない。ただそれでも、4人の成長を信じ、黙って見守ったり叱咤したりする二人には、かつて同じスタートラインに立っていた者として抱く慈しみみたいなものがあって、濃い時間の中で流れる日々の濃密さを感じた。

時間にして6年。中学に入学してから高校を卒業するまではたった6年だけれど、渦中にいる時は果てしなく長いように感じる。過ぎてしまえばあっという間の日々。彼らは今、その日々を確かに生きているんだと思えた。


●春が終わって夏が来る


芽吹きの春は終わり、季節は夏になる。始まりの季節である春だけを描き、夏を迎える手前で映画を終わらせたのは、まさに一瞬で過ぎ去る永遠の夏を描いた「Free!」に続く映画としては申し分のない締め方だなと思ったし、入学時より制服が体に馴染んだ遙たちの様子がなんだか愛おしかった。

ここまで長々と書いてきたけど、「Free! Starting Days」という副題にふさわしい映画だった。始まったばかりのみずみずしい青春に溢れていて、見るだけで浄化してもらえそうなキラキラ感だった。「あれ、これ私殺されるんじゃないかな(ときめきで)」と上映中に何度か思った。


水がまるで生きているように描かれていて、これはぜひスクリーンで見てほしい。冒頭のシーンが流れだした時は実写なんじゃないかと思ったし、遙と真琴が語り合うシーンは、これは宗教画なんですよと言われても信じそうなぐらい柔らかくて清浄で、どこか蠱惑的にさえ感じるほど美しい。これはスクリーンで見ないともったいないよ。