立ち往生

基本的にネタバレに配慮していないのでご注意ください。

2022年末から見た映画の感想(ネタバレあり)

 

君だけが知らない

 

synca.jp


友人に「絶対好きだと思う」と激おすすめされたので見に行った。なんと広島では一週間限定の上映。無理やり予定を合わせてよかった、と思える映画だった。

事故で記憶を失った女性・スジンと、彼女を献身的に世話する夫・ジフン。ジフンの慈愛溢れるサポートを受けるスジンだが、幻覚で未来が見えるようになってしまい、次第に混乱と疑惑が彼女を蝕んでいく……というストーリー。

「まあジフン実は夫じゃないんだろ?」みたいな短絡的な予想を裏切り続けた結果、これほど美しく透明な愛の話に着地するとは全く思っていなかった。どんでん返しが起こった瞬間に次のどんでん返しがあって、布石は冒頭から練り込まれていて……みたいな、物語自体はうねり続けるんだけど、根底には変わらずたゆたう大河を抱えたような作品。最後まで見るとすべてのシーンの見え方が変わる、というのは使い古された表現ではあるけど、この映画はその表現がぴったりだと思う。タイトルの意味は全く変わらないのに色合いが180度変わる。たしかに【君だけが知らない】のだ。

 

察しが悪いことに定評のある私は、幼い少女の名前が呼ばれるまで、彼女がスジンで少年がジフンなのだ、と全然気づいていませんでした。いや~~びっくりした。絶対この人がストーカー野郎なんだとばっかり思ってたもん。ジフン役の俳優さんが悪役に見える表情の作り方がべらぼうに上手いからさ……

パンフレットの監督インタビューを読むと、善人にも悪人にも見える演技ができる人だからキャスティングした(そしてあまりに難しい役だから一度断られた)と書いてあって、全部監督の手のひらの上だったんだなと腹に落ちた。エレベーターの階数がスジンの年齢を示唆していることにも全然ピンと来ていませんでした。頭のいい人ってすごいね。これがデビュー作ってどんだけ才能をお持ちなんだ?

 

妹に向けた無垢な愛情が、子供同士が傷をなめ合うような痛々しさを強く内包しているから、私はジフンの人生を思うと泣きたくなる。ジフンだって自分一人のために生きていい人生だったはず。だって親子にだって親には親の人生がある。子供が巣立った後、大抵の親は喪失感を抱えつつも残りの自分の人生を生きていくのだ。

でもジフンは、自分だってまだ守られる側だった頃からスジンのために生き、スジンのために人を殺し、スジンのために死んだ。これからスジンがどう生きていこうとも、あの不幸な結婚や焼死からスジンを救い出すことができて、スジンの無事を確かめながら死ねたっていうのは、彼にとっては幸せだったのかもなと思えてしまうのが一層切ない。でもジフンだってあれだけの愛を受け取る権利があったはずなのに。

 

ここからは想像なんですけど、あのサイコゲス夫はすごい裕福そうで、そもそもジフン達の家とは育ちがだいぶ違いそうだから、ジフンがたまたま「富を持つ側」と交わる場所にいたんじゃないかと思う。お金はないけど頭がいいから、奨学金を得て進学校に通っていたとか。その進学校にはゲス夫も通っており(裕福な家の息子だから!)、二人は同級生として知り合い仲良くなった。仲良くなった……が、実はゲス夫は内心、貧乏な家の子であるジフンを見下していた。もしくは、自分より貧乏なのに頭がよい、あるいは美しい妹と兄妹仲のいい彼への鬱屈した感情があった。

とすると、あの結婚式の写真のシーンの「夫側の気配りのなさ」もすごく納得がいくんですよね。韓国の男尊女卑って日本以上にすごいので、あんなの通常運転なのかもしれないが……写真撮影でさえ「ああいう」感じなら、式の最中なんて推して知るべしなのである。ゲス夫が妻を愛して結婚し家に迎え入れる、みたいな感じが夫本人にも夫側の親族にも一切なくて、何なら蔑みすら感じて、それはゲス夫が「美しい女を自分のものにしたい」「彼女を自分のものにすることで自分は兄より優れた存在なのだと確認する」みたいな動機を強く持っていたからなんじゃないかな~

 

というか「わたしを嫁がせたくないの?」って無邪気に尋ねることができてしまうスジンの無防備さよ……。嫁がせたいわけねーーーじゃん!!!!(怒)ジフンがゲス夫のサイコゲスな面に1ミリも気づいていなかったわけがなく、けれどスジンが心から愛しているならば、と何も言わず心を決めたわけなんです。そして本当なら自分がずっとそばで守ってやりたかったし、同じくらい、そんなことが不可能だとわかっていたはずなんです(韓国の未婚女性に対する風当たりの強さは日本の比ではないと聞きます)。

嫁がせたくなんかない、けれどそれ以上に幸せになってほしい、たとえ自分のそばでなくても、自分が認めた友人であるならば(父親を殺した時妹に「頼れ」と言うくらいの相手ですからね)、その葛藤と昇華される思いの崇高さが、ジフンは無口で多くを語らないけれどもスクリーンに満ちていて、胸を打たれる。愛は無色透明なのだ。そして愛が自身のための欲を孕んでいないはずがないとわかるから、自我を常に押し殺してきたジフンの影を想像して心が痛い。

 

そして報われてほしいと思うのと同じくらい、報われないから愛なのだとも思う。きっとスジンはこれから一人で歩んでいく人生の中で、自分の兄ほど自己犠牲的な愛を傾けてくれる人間に出会うことはないんだろうな。それほどの愛を注いでもらっていたことを君だけが知らなかったし、たぶんその深さを一生知ることはない。悲しくて苦しいけれど、雨が海に流れ込んでいくような「なるべくしてなった」結末だとも感じる。素晴らしい映画でした。

 

THE FIRST SLAM DUNK

 

まず通常上映なのにびびるくらい音がよかった。シューズがコートの床をキュッとこする音、バスケットボールが床をたたいた時の、ボール内にある空気の反響音が、まるでコートの中に立っているような臨場感で、「こんなに音がいい映画って存在するんだ!」というのが第一印象だった。最初の、リョータが兄ちゃんと1on1をやる時の、コンクリの床にボールが跳ねる音すごない? 地面は野ざらしのコンクリートだし、跳ねているのはバスケットボールだって音だけでわかるんですよね。

リョータがぐっと拳を握るところで「これは名作ですね…」とわかっちゃう作りすごい。鉛筆の線で一人ずつ描かれた湘北メンバーが並んで歩き始めてそのままオープニング、の時点でオシャレだしなんかもう絵が上手すぎて笑っちゃう。絵の上手さに圧倒されて「絵が上手い……」しか感想がなかった。シュッ、ってボールがパスされる空気の音がすごい。音の質感をビリビリ感じる、通常上映なのに!!

 

ちなみに私はスラムダンクアニメは全話視聴、漫画も全巻読んでいますが、何しろ25年以上前のことなので、相当にうろ覚え状態で見ています。「ピョン」って言われて「あっ、いた! このひといた!」という感じだった。つまり「山王戦はたしかに勝ったという記憶はあるし花道の怪我や最後のハイタッチは覚えているけど、途中の展開どうだったかよく覚えてないんだよな……」という状態だった。

なので山王のゾーンプレスにまじで心を折られかけたし、沢北強すぎてびびるしあの連続得点で正直もうダメじゃん?って思ったし、いやもしかしたら今日は山王が勝ったりするのでは?? と思った。広島経済大学でこんなおもしろい試合やってんなら教えてくれや(わたしは経済大学で英検を受けたことがあります)。

 

ゴリの心がめげかけるとこっちも辛いので、コートに出ようとするメンバーを押しのけて自分から前に行こうとしたシーンに泣いてしまった。諦めないでいてくれてありがとう。「正直お前らには…」「ハァ?」のやりとり好きすぎる。小暮くんの「赤木、がんばれ!!」も良かったよね。
あとふらふらのミッチーに流川がパスして「打てるわけない」「そんなタマじゃねーだろ」のくだりが大好き。ほんとうに好き。ちゃんと決めるミッチーもかっこいい。ミッチーはりょーちんをナンパしたくせに(してない)りょーちんがいざバスケ部に入ったら自分はバスケ部に戻れなくなっちゃってるの面白いし、結局みっちゃんとか気のいい奴らからちゃんと慕われてるのかわいい。引退してもバスケ部を覗いてりょーちんにウザがられてほしい。エンドロール一番目に登場する「仲村宗悟」の表記も胸に来るものがありました。

 

そしてこれはリョータの、というか宮城家の喪失の物語であるわけなのだが、私はりょーちんの妹が完全にヤングケアラー的な立ちふるまいをしているのが気になって仕方なかった。パートナーの役割を担わせていた兄を亡くした母の喪失感には心底同情するんだけれども(この、母親と兄の境界線が曖昧になってる描写を結構隠さず入れててエグかったですね)、娘にカウンセラーの役割をやらせちゃダメだ。そもそも兄を擬似夫としちゃうのがダメなんだけど。

母親もリョータも言葉が圧倒的に足りない故に、妹の橋渡しがないと家庭内のコミュニケーションが回らなくなっていて、妹本人がそこを完全に理解した言動を取っているのが本当にキツイ。あなたがピエロにならなくてもいいんだよ、何も理解していないふりで笑わなくてもいいんだよ……と抱きしめてあげる人が外部に必要だし、母親は気持ちに一定の踏ん切りをつけられたなら、子どもの心のケアにもっと心を砕いてあげてほしいと切実に思った。泣きたいし叫びたいのはあなただけじゃないんよ……。

 

ちなみに2回目はIMAX上映で見たんですが、IMAXを一番感じたのが、リョータ母が昔の試合ビデオを居間で見ているシーンでした。音の遠近がはっきりわかって確かに臨場感があった。が、今後もIMAXで映画を見たいか、と聞かれると、正直うーん……という感じ。なぜならIMAXの音は確かにすごいのかもしれんけど、スラムダンクくらい音の凄まじい映画だと通常上映でもすごさは心底伝わったし、劇場の音体験って劇場の設備云々というよりは一緒に見ている観客のマナーがいいかどうかがすべてなんですよね……。あとお金を払っているのになんで毎回結構な量のCM(予告編じゃないよ、CMだよ)を強制的に見させられなければならんのだ?と虚無の気持ちになってしまうので、やっぱりできる限りシネコンには行きたくないなと改めて思いました。ちなみにドルビーはまじですごいと聞いたんだが広島にドルビー対応劇場はない(完)。ドルビーは一回体感してみたいな~。