立ち往生

基本的にネタバレに配慮していないのでご注意ください。

プリンス・オブ・ストライド、支倉ヒース・諏訪怜治

支倉ヒース

プリンス・オブ・ストライド 2015年7月30日(木)発売

スポーツものでは外せない怪我エピソードがここで来て、このゲームってホントにバランスがいいなと思う。鉄板やお約束はちゃんと押さえてる。一番図体がでかい部長のくせして、実は一番女々しいのがヒースであった。

 

自分の実力を客観的に見られるぶん、友人は天才だけれど自分は凡人だと気づいてしまうと辛いだろうなと思う。それに加えて、2人の天才は去り、凡人の自分だけが残ってチームをまとめていかなければならない。そのしんどさはちょっと想像しづらい。

 

こういうスポーツものって、ともすれば鬼才天才ばかりの寄せ集めみたいになってしまうけど、こういう凡人もしっかり描いているのがすごくいい。

凡人は凡人なりに、というヒースの開き直りを、同じく天才・諏訪怜治の側で血の滲むような努力を重ねた匡は敏感に感じ取り、ヒースに辛く当たる。匡が「もっとできるだろう、なぜ上がろうとしない?」とヒースに無言で詰め寄り続けるのは、実はヒース本人よりも、ヒースの可能性を信じているからなのかもしれない。なんというツンデレ

 

そして、巴の魅力が一番出ているのはこのルートじゃないかと思う。それぐらい巴が魅力的に描かれている。ヒースが凡人であり、恭介の中に勝利への執着がないことに気づいた時から、巴はひとりきりで、ずっと孤独の中に取り残されていたんだなと思った。

 

夏凪の「君が淋しいのは、速いからだ」というセリフがある。

三浦しをんさんの「風が吹いている」という小説の中で、チーム最速のエースランナーの速さを体感したチームメイトが「お前はこんな景色の中にいたのか。ずいぶんさびしくて、孤独だったんだな」と呟くシーンを思い出した。天才は勝つ時も負ける時も、きっといつもひとりきりだ。

 

恭介ルートで、恭介が進む先に自分はいないんだと悟って諦める巴の姿もかなりグッと来るけれど、ヒースルートでヒースに興味を失ってしまった描写も細かくて胸に迫る。

かつて同じものを見ていたと信じていた仲間が、自分とは全く違う存在なんだと気づいてしまうのは辛い。気づいてしまうのは、巴が走る天才だからじゃなくて、誰よりヒースの近くにいた仲間だから、なんだけど。

 

勝戦で共に走りながら、ヒースは、巴をひとりにさせていたことに気づく。彼は走りながら、ひとりだけれど、ひとりきりではないことを巴に伝える。

道はもう交わることはないだろう覚悟と、それでも仲間で、だからこそ仲間なんだとヒースが伝え、巴が受け取るやりとりは、このままヒースが奈々ちゃんとくっつかなくても全くかまわないぐらい大満足のクライマックスだった。

 

大会直前に、陸上系のスポーツ選手に革靴履かせて立ちっぱなしにさせるスポンサーってどうなんだろうなあ、というささやかな疑問はあったけれど、このゲームは小さいことを気にしたら負けだと思う。西星が掛け声やりだすあたりは何回プレイしても膝が笑う。

 

諏訪怜治

プリンス・オブ・ストライド 2015年7月30日(木)発売

時折コメントでこっちの膝の力を抜きにかかってくるアイドルですが、ご本人単体というより、静馬とのやりとりに謎の萌えボディーブローをくらいっぱなしだった。陸と尊の全身ぶつかり青春アプローチとは比べ物にならない破壊力だった。

 

基本的に「静馬」「怜治さま」呼びなんだけど、本音が覗くと怜治は「静馬くん」呼びになり、静馬は「怜治」呼びになる。この時の、皆まで語らないのに10までしっかり理解して通じあってる感じが凄かった。こっちの萌えを全力で狙撃しに来てた。

静馬が奈々ちゃんに釘を刺すシーンも、怜治が本気なんだと悟った静馬が「…どこまで本気なんだ」と怜治に尋ねるやりとりが本当に光っている。

静馬は「怜治が本気なんだとわかっている、静馬がわかっていることに怜治も気づいている」ことを知っているからわざわざ口に出すのだし、怜治は怜治で同じようにわかっているから「わかるだろ?」みたいに応えるし、この通じあってる2人なんなの? 付き合ってるの?

 

西星戦で負けた夜も、奈々ちゃんと語る怜治よりも、静馬の前で少し弱ったような、重荷を下ろしたような姿を見せる怜治にときめきノンストップだった。

決勝前夜に約束なしで奈々ちゃんちまで行く怜治をサポートしつつ(静馬の車で、というセリフに、静馬さんダブり疑惑が発生したけど深く考えるのを止めた)、行動の無礼さをさりげなくチクリと咎める静馬さんが流石すぎて、静馬さんの深い怜治愛には誰も勝てる気がしない。降参です。

 

ともあれ、怜治を尊敬するからこそ勝ちたい、あなただから負けたくない、と本気で挑む奈々ちゃんは本当にカッコよかった。配役ありきのおまけルートだとばかり思っていたけれど、全然そんなことはなくて、奈々ちゃんのカッコよさが一番堪能できるいいルートだった。

 

一番というのはもうひとつ理由があって、相手が他校の人であるがゆえに、決勝戦のゴール後にきちんと全員で喜べたから、というのが大きい。ゴールするなり誰か一人と二人きりでエンディング、というのもドラマチックでいいけれど、ここまで全員で戦ってきたのだから、青春部活ものらしく全員で喜びを分かち合いたい。その気持ちをしっかり満たしてくれるルートだった。

 

すごく面白かったです

オトメイト系のこってり派手なグラフィックもいいけれど、シンプルであることも魅力だなと思わせてくれたゲームだった。安易に恋愛に走らず部活でのドラマをしっかり描くシナリオには引き込まれたし、攻略キャラ・西星メンバーを中心に、ドラマとして魅せるためのキャラ造形が素晴らしいなと思った。ゲームは彼らのドラマを覗く一端でしかなく、まだまだ他にドラマがあるのだと思わせる作りで、最初からドラマCDやアニメ展開を念頭に置いて作るとこういう感じになるんだなと教えてもらえたのが楽しかった。

 

ストライドシーンもスピード感とワクワク感があったし、西星メンバーの「RUSH!」が名曲だったし、「想いの強さが速さに変わる」のコピーに違わない面白さだった。登場すると反射的に半笑いになるキャラも多かったけども。

 

ただ、ボイスとテキストが全然違っていたり、背景が間違っている箇所があったり、一度発売延期を経ている分、製作時のバタバタ感がチラチラ見えてしまっていたところだけが残念だった。声優陣が豪華なだけに、テキストが固まりきる前に収録せざるを得なかったのかもしれない。テキストへのこだわりが、収録後のテキスト変更に繋がった、やむを得ない選択だったのだと信じたい。

 

そして、こうやって感想を書きながら、奈々たちの夏の終わりをしめくくる決勝相手の名前が「夏凪」というのは示唆的だなあと思った。夏には青春が似合うし、夏の終わりは大人への階段の第一歩。もう1回青春したい。